Timeline

年表

二つの家と、二つの町の歴史を時代順に並べました。項目ごとに、どの種類の資料に基づくかを示しています。家族の出来事は、資料で確かめたもの・家族から伺ったものを順に足していきます。

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記録
公文書・教会の記録・名簿など、同じ時代の記録で確かめられること
二次資料
百科事典・研究書などに書かれていること
家族の証言
家族が直接知っていること
家の伝承
家に語り継がれてきた話
背景
家族と直接の関係は確かめていない、土地と時代の出来事

18世紀まで

  1. 1275年

    背景

    ダウガヴァ川のほとりに、リヴォニア騎士団の城デューナブルク(いまのダウガフピルスの起こり)が築かれる。

    ダウガフピルス 資料:ダウガフピルス

  2. 1723年11月18日

    背景

    ウラル山脈の東、イセチ川のほとりにエカテリンブルクが建設される。

    エカテリンブルク 資料:エカテリンブルク

  3. 1772年

    背景

    第一次ポーランド分割で、ラトガレ(ダウガフピルスを含む)がロシア帝国に編入される。

    ダウガフピルス 資料:ラトガレ

ロシア帝国の時代(〜1917年)

  1. 1893年

    背景

    デューナブルクの名がドヴィンスクに改められる(1920年まで)。

    ダウガフピルス 資料:ダウガフピルス

  2. 1897年

    背景

    ロシア帝国の国勢調査。ダウガフピルス(当時ドヴィンスク)ではユダヤ人が人口の46%を占めた。この国勢調査の記録の一部は、ラトビアの公文書館で読める。

    ダウガフピルス 資料:ラトガレ・ロシア帝国の国勢調査

革命と戦間期(1917〜1940年)

  1. 1920年

    背景

    ラトビアの独立にともない、ドヴィンスクがダウガフピルスと呼ばれるようになる。

    ダウガフピルス 資料:ダウガフピルス

  2. 1924年

    背景

    エカテリンブルクが、革命家スヴェルドロフにちなみスヴェルドロフスクと改められる(1991年まで)。州の名はいまもスヴェルドロフスク州。

    エカテリンブルク 資料:エカテリンブルク

  3. 1918〜1940年

    背景

    ラトビア共和国の時代。この時期の住民の旅券は、名前で探せる形で公開されている。

    記録を探す 資料:ラトビアの住民の旅券

第二次世界大戦と戦後(1939〜1953年)

  1. 1941〜1953年

    背景

    ソ連の体制によるラトビアの住民の国外への強制移送。送られた人の名簿は名前で探せる。

    記録を探す 資料:国外に送られたラトビアの住民

ソ連の時代(〜1991年)

    1991年から

    1. 1991年

      背景

      スヴェルドロフスクがエカテリンブルクの名に戻る。同じ年、ラトビアが独立を回復する。

      資料:エカテリンブルク・ダウガフピルス