土地と歴史

エカテリンブルク ― ウラルの町の三百年

1723年にウラル山脈の東、イセチ川のほとりに建設された町エカテリンブルク。スヴェルドロフスクと呼ばれたソ連の時代を経て、父方の家ゆかりの町の歴史をたどります。

編集部・2026年10月29日更新

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背景エカテリンブルクは、ロシアのスヴェルドロフスク州の州都です。ウラル山脈の東の斜面、イセチ川のほとりにあり、1723年11月18日に建設されました1。

背景1924年、町の名は革命家スヴェルドロフにちなんでスヴェルドロフスクと改められ、1991年にエカテリンブルクの名に戻りました。州の名はいまもスヴェルドロフスク州のままです1。そのため、ソ連の時代の書類では、この町は「スヴェルドロフスク」と書かれています。

推測父方の家族の書類に生まれた場所が「スヴェルドロフスク」と書かれていれば、それはいまのエカテリンブルク(またはスヴェルドロフスク州)を指します。家族がいつこの町に暮らしていたか、どの地区だったかを伺っていきます。

父方(ウラル)母方(ラトガレ)土地と歴史資料のある場所

出典・資料

  1. エカテリンブルク 百科事典 開く

資料の一覧は資料のページにあります。

この記事の用語

名字

名字

二つの名字

父方の Ascepkova、母方の Griškjāne(Griškjāns)。ロシア語・ラトビア語・ラテン文字の表記の決まりから、二つの名字がもとはどう書かれていたかを考え、家族の歴史を調べる手がかりを整理します。

Ascepkova と Griškjāne を読み解く

父方

父方

父方 Ащепков の家

エカテリンブルクにゆかりのある父方の名字 Ащепков(Ascepkova)。ロシア語の書き方、近い名字 Ощепков と同じ名の村、同じ名字の名の知られた人物から、家の起こりを探る手がかりを整理します。

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母方

母方

母方 Griškjāns の家

ダウガフピルスにゆかりのある母方の名字 Griškjāne(男性形 Griškjāns)。ラトビア語の名字の決まり、ラトガレの多様な住民と宗派、記録に残る書き方の揺れから、家の起こりを探る手がかりを整理します。

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土地と歴史

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ダウガフピルス

デューナブルク、ドヴィンスク、ダウガフピルス。13世紀の騎士団の城から、ロシア帝国の時代、ラトビアの独立まで、母方の家ゆかりの町の歴史と、記録を探すときに知っておきたい町の名の移り変わりをたどります。

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