名字
二つの名字
父方の Ascepkova、母方の Griškjāne(Griškjāns)。ロシア語・ラトビア語・ラテン文字の表記の決まりから、二つの名字がもとはどう書かれていたかを考え、家族の歴史を調べる手がかりを整理します。
Ascepkova と Griškjāne を読み解く
Ащепкова ・ Griškjāne ― Yekaterinburg and Daugavpils
ウラルの町と、
ダウガヴァの町。
二つの家の記録。
父方は、ウラル山脈の東のエカテリンブルクの Ащепкова(Ascepkova)。母方は、ラトビアの南東、ダウガヴァ川のほとりのダウガフピルスの Griškjāne(Griškjāns)。めずらしい二つの名字を手がかりに、家族の歴史を一つずつ確かめながら、資料を集めています。
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父方の名字。ロシア語の Ащепкова(男性形 Ащепков)にあたると考えられる(推測・確認中)。ラトビアの正式な表記では щ を šč と書くため Aščepkova となり、Ascepkova はその記号を省いた書き方と考えられる。
ロシアの名字。スヴェルドロフスク州には同じ名の村 Ощепково がある。Ащепков と書き方の近い名字で、同じ起こりかどうかは確かめていない。
ロシアのスヴェルドロフスク州の州都。ウラル山脈の東の斜面、イセチ川のほとりにあり、1723年に建設された。1924〜1991年はスヴェルドロフスクと呼ばれた。
エカテリンブルクを州都とするロシアの州。都市の名が戻ったあとも、州の名はスヴェルドロフスクのまま。
17世紀のロシア正教会の典礼の改革に従わなかった人びと。ラトガレには古くから古儀式派のロシア人が暮らしてきた。
ロシア帝国で初めての全国の国勢調査。家族ごとに名前・年齢・宗派・母語などが記されている。ラトビアの公文書館に残る記録の一部は Raduraksti で読める。
ラトビア国立歴史公文書館のデジタル資料のサイト。教会の記録・国勢調査などを画像で公開している。