ASCEPKOVA ― 二つの家の記録 ― エカテリンブルクとダウガフピルス、二つの家の歴史と資料

Ащепкова ・ Griškjāne ― Yekaterinburg and Daugavpils

ウラルの町と、
ダウガヴァの町。
二つの家の記録。

父方は、ウラル山脈の東のエカテリンブルクの Ащепкова(Ascepkova)。母方は、ラトビアの南東、ダウガヴァ川のほとりのダウガフピルスの Griškjāne(Griškjāns)。めずらしい二つの名字を手がかりに、家族の歴史を一つずつ確かめながら、資料を集めています。

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名字

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二つの名字

父方の Ascepkova、母方の Griškjāne(Griškjāns)。ロシア語・ラトビア語・ラテン文字の表記の決まりから、二つの名字がもとはどう書かれていたかを考え、家族の歴史を調べる手がかりを整理します。

Ascepkova と Griškjāne を読み解く

土地と歴史

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ダウガフピルス

デューナブルク、ドヴィンスク、ダウガフピルス。13世紀の騎士団の城から、ロシア帝国の時代、ラトビアの独立まで、母方の家ゆかりの町の歴史と、記録を探すときに知っておきたい町の名の移り変わりをたどります。

ダウガヴァ川の町と名の移り変わり

調べ方

調べ方

記録を探す

教会の記録、1897年の国勢調査、戦間期の旅券、強制移送の名簿。ラトビアの公文書館が公開している、名前で探せる記録と、父方・母方の家族を探すときの手順をまとめます。

ラトビアとロシアの公文書館の使い方

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Ascepkova(Ащепкова)アシチェプコワ推測

父方の名字。ロシア語の Ащепкова(男性形 Ащепков)にあたると考えられる(推測・確認中)。ラトビアの正式な表記では щ を šč と書くため Aščepkova となり、Ascepkova はその記号を省いた書き方と考えられる。

Ощепков(オシェプコフ)おしぇぷこふ二次資料

ロシアの名字。スヴェルドロフスク州には同じ名の村 Ощепково がある。Ащепков と書き方の近い名字で、同じ起こりかどうかは確かめていない。

エカテリンブルクえかてりんぶるく二次資料

ロシアのスヴェルドロフスク州の州都。ウラル山脈の東の斜面、イセチ川のほとりにあり、1723年に建設された。1924〜1991年はスヴェルドロフスクと呼ばれた。

スヴェルドロフスク州すゔぇるどろふすくしゅう二次資料

エカテリンブルクを州都とするロシアの州。都市の名が戻ったあとも、州の名はスヴェルドロフスクのまま。

古儀式派こぎしきは二次資料

17世紀のロシア正教会の典礼の改革に従わなかった人びと。ラトガレには古くから古儀式派のロシア人が暮らしてきた。

1897年の国勢調査記録

ロシア帝国で初めての全国の国勢調査。家族ごとに名前・年齢・宗派・母語などが記されている。ラトビアの公文書館に残る記録の一部は Raduraksti で読める。

Radurakstiらどぅらくすてぃ二次資料

ラトビア国立歴史公文書館のデジタル資料のサイト。教会の記録・国勢調査などを画像で公開している。